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太陽はなぜのぼったり沈んだりするのか!地動説を知れば理解できる!

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かいぶーです。

太陽がのぼったり沈んだりするのはなぜか!

それは、
地動説によって解明されます。


地動説はコペルニクスによって
発見されました。

地動説となんなのか?

天動説から地動説に変わったのかなど
気になる情報を記事にしてみました。

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天動説による考え方

天動説とは、
地球が宇宙の中心にあり
太陽・月・星など、
全ての惑星が地球を中心に回っているという説です。

 

たとえば、
静かに走っている列車から外を見ると、
自分は止まっていて外の景色が後ろの方に
移動しているように見えます。

もし、
列車の速度が一定で走行中の振動がなければ、
列車に乗っている人は誰でも、
自分は静止していて、外の風景が動いていると
感じてしまうでしょう。

 

昔の人は誰もが地球は静止していて
地球をとりまく太陽・月・星すべてが毎日、
規則的に地球を一周していて、
そのために太陽が東からのぼり
西に沈むと考えていました。

天動説から地動説へ変わっていく

地動説とは、
太陽が宇宙の中心にあり地球とほかの惑星が
その周りを回っているという説です。

 

今から約450年前、
コペルニクスは長い年月をかけた天文学の研究から
天動説は誤りで地動説が正しいという考え方を発表します。

 

この説が発表されたころは、
あまり人に支持されませんでした。

しかし、
ガリレオやニュートンなど多くの人々の研究から
地動説が正しいことが証明されたのです。

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コペルニクスとはどのような人物なの

ニコラウス・コペルニクス

出身地:ポーランドのトルニ

職業:天文学者

生涯 :1473年2月19日 ~ 西暦:1543年5月24日

 

コペルニクスは、「天動説」に代わる
「地動説」を唱えた人物として有名です。

 

家はかなり裕福な商家でしたが、
父はコペルニクスの少年期にこの世を去ります。


そして、
コペルニクスは聖職者だった叔父の手で育てられます。

 

18歳の年、
コペルニクスはクラクフ大学に入学します。

大学でコペルニクスは神学や医学などの
さまざまな学問に触れました。

天文学に触れたのもこの時です。

 

ただし、
この頃はまだ、
当時一般的だった天動説に基づく宇宙を信じていたようです。

 

20代の半ば、
コペルニクスはイタリアへと留学します。

 

育ての親である叔父は、
コペルニクスを教会関係の要職に
つけさせたいと考えており、
そのために学問上の援助を積極的に行ったのです。

 

イタリアにおいてもコペルニクスは、
天文学も含めて、法律や医学をはじめ、神学、数学といった
さまざまな学問を行います。

 

 

このイタリア時代に、
コペルニクスは師とも言える天文学者に出会っています。

 

その後、
コペルニクスはポーランドへと帰って、
叔父の希望どおり教会の要職に就きました。

 

医師としても働き、
70歳で亡くなりました。

 

イタリア留学時代からポーランドで亡くなるまで、
コペルニクスが特に取り組んだことがあります。

それが天文学の研究だったのです。

そこで見いだしたのがかの「地動説」でした。

地動説による日の出、日の入りの説明

地球を離れて北極星側から地球を見ると、
地球は時計の針の進み方の逆方向、
つまり反時計回りにに自転しています。

 

そして、
いつも地球の半分だけが太陽の光を受けて
昼間の状態になっているが、
半分は光を受けない部分で夜の状態になっています。

 

そこで地球上のそれぞれの地点は
地球が自転することによって昼になったり
夜になったりするのです。

東西南北の決め方

地球上のそれぞれの地点で、
太陽の高度がもっとも高くなった方位を
南と決めています。

 

その南とに対して反対側の方位が北であり、
90度右の方位が東、90度左の方位が西です。

 

地球は反時計回りに自転しているので、
それぞれの地点でいえば地球は西から東に
回っていることになります。

 

したがって太陽は逆に、
東から出て西に沈むように見えるのです。

まとめ

今でこそ
太陽を中心にして、地球が自転しながら
回っているのがわかりますが、
当時はきっと、すごい発見だったんでしょうね。

ありがとうございました。

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