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相撲は年に何場所開かれるの?番付発表と番付の重みについて調べてみました!

 

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もりもりです。

日本の国技といえば相撲です。

あの巨体が真正面からぶつかり合う迫力は、すごいですよね。

また、小柄な力士が大きな力士を投げ飛ばすところは、見ていて気持ちいいですね。

そこが、相撲のおもしろいところなんでしょうね。

ところで、相撲は年間、場所開かれると思いますか? 

番付発表はどのようにして行なうのでしょうか?

知っているようで知らない相撲について紹介していきますね。

 

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 大相撲は年間何場所開かれる?

本場所は年に6場所で、すべて奇数月に開催されています。  

なお、偶数月は地方で巡業を行っています。    

 

昭和33年から、年間6場所開かれるようになりました。

 

本場所の期間は15日間。

短いと思うかもしれませんが休みなく取組が行われる為、 想像以上にハードな日程ですし怪我をした場合はすぐに休場となってしまいます。

 

 

1月(初場所)、5月(夏場所)、9月(秋場所)、は東京の国技館で行われますが、
3月(春場所)は大阪府立体育会館で、7月は名古屋の愛知県立体育館、、11月は福岡国際センターホールで行われています。

 

一般には初場所、夏場所といいますが、正式には1月場所、3月場所、5月場所と、その月をつけて呼ぶように決められています。

 

これは、年間6場所になってからそう呼ばれるようになったのです。

 

それぞれの場所が、いつから始まるかは、1年間の本場所スケジュールについて、毎年、夏場所の頃、理事会で決められ発表されています。

 

昔は何場所だったの?

昔はもっと少なかった。

現在の相撲の源流とされているのは、「勧進相撲(かんじんずもう)」です。

相撲会所(いまの相撲協会)が作られ、公許勧進相撲が始まったのは貞享~元禄時代で、当時は年一、二回を原則として3月(春場所)または10月(秋場所)に本場所を開催していました。

その後、場所数は以下のようにいろいろ変わりましたが、昭和33年からはずっと6場所です。

 

年代別の場所

・昭和2年~昭和7年4場所

・昭和8年~昭和18年2場所

・昭和19年3場所

・昭和20年2場所

・昭和21年1場所

・昭和22年~昭和23年2場所

・昭和24年~昭和27年3場所

・昭和28年~昭和31年4場所

・昭和32年5場所

・昭和33年~6場所    

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番付発表はいつ行われるの?

番付の発表は、原則としてその場所の初日の13日前と決められています。

 

ただ、1月場所だけは暮れに協会事務所が仕事納めになるので、13日前よりいくぶん早い日に発表しています。

 

この13日前は昭和45年1月場所からで、それまでは8日前が発表日だった。

 

当日は、午前7時と決まっており、それより前、6時頃には各部屋の若い力士が事務所に受け取りに集まる。

番付の束を肩にかついで帰るわけだが、中には1枚コッソリ引き抜いて自分の新しい地位を目で探すという光景も見られます。

 

1場所何枚発行するのかは公表されていませんが、相撲人気から見れば相当の数なんでしょうね。

 

なお、地方の場所は東京の事務所、その地方の先発事務所の両方で同時に発表されます。

 

むろん力士は遅くとも、その前日までに乗り込んでいるので、先発事務所に取りにくるはずだ。

 

番付の日は稽古も早めに切り上げ、各人郷里や知人、友人、ひいきの人たちに発送で大わらわ。

 

幕内の人気力士となると、何千枚にもなり、付け人たちも番付を折りたたんだり、宛名書きにほんろうされる。

 

番付の上がった者は、やった~って思いでしょうが、反対に下がった者には、つらい1日でしょうね。

 

まるで、合格発表日みたいなものですね。

  

 番付の重み

 筆で太々と書かれた横綱、大関から三役、そして、幕内陣からだんだんと字が小さくなり、最下段の序ノ口は虫眼鏡でないと読めないほどです。

 

角界には昔から「番付一枚違えば家来同然、一段違えば虫けら同然」ということばがあります。

一枚とは前頭二枚目と三枚目。

一段とは、幕内と十両、幕下と三段目ということ。

 

なかでも、十両と幕下とでは、その関係は殿様と家来、極楽と地獄の差なんです。

 

なので、横綱に対する序ノ口はもはや雲泥の差以上です。

 

横綱は、それこそ神様並みで、日下開山(天下に並ぶもののないことのたとえ)と、あがめたてまつられる存在。

 

また、同じ前頭筆頭でも、西より東が上位と言うことである。

たった半枚でも上位の方が、一目置かれることになる。

 

番付が違えば待遇も大いに違い
公式の場の席順や支度部屋での明け荷の置き方など全て番付順によって決められる。

さらにまわしや着物、履き物まですべてにおいて、番付の順位が厳格に守られている。

ことほどさように番付の持つ重みがあるのだ。

 

本場所の1日

・午前8時の一番太鼓か鳴らされる。

( 朝の太鼓は現在、この時間に30分しか打たれません)

 

・この頃には、会場の外には当日売りのチケットを買う列がびっしりと並ぶ。

 

・館内では、売店のおばさんや、サービス会社の人たちが、その日の準備に追われている。

 

・関取の付け人たちが入場してきて、支度部屋の明け荷の移動がはじまる。

 

・前日、西から出た力士が、今日は東にまわって出るときは、当然、明け荷も西の支度部屋から東へと移すわけである。

 

・土俵下では呼び出しが土俵内外や周りの準備。

 

・番付外から序ノ口、序二段あたりの取り的はぞくぞくと入場してきて、まわしを締め準備運動をはじめる。

 

チケットの売り出し開場は8時。

・まもなく前相撲の祈(き)の音(ね)が入る。

 

・前相撲に引きつづき、9時半頃(力士数により、日によって時間が変わる)、十三日目以降は11時頃に取り組み開始となるので、その間、観客サービスのため甚句(じんく)のレコードが館内に流れる。

 

・取り組みが開始されれば、次々と進行、それに合わせて上位力士が入場してくる。

 

・館外は切符の売り切れにあきらめきれない人が群れをつくり、また、場所入りしてくる関取を見ようと路上に列ができる。

 

・十両力士は午後2時頃、幕内力士は3時には到着する。

 

・土俵は、十両土俵入りが2時50分、幕内が4時(初日は10分、千秋楽は40分ほど早い)である。

 

・観客の出足も早めで、幕下上位で4割、十両上位になると満席。

もちろん、連日「満員御礼」の垂れ幕が下がる。

 

・好取組、熱戦に沸きに沸いた1日も午後6時少し前には打ち出しとなり、はね太鼓が勇ましく鳴りだし、大観衆も太鼓の音のように帰り支度につく。
【大相撲まるごと雑学事典参考】

 

まとめ

相撲は上下関係にはすごく厳しい世界なんですね。

そんな、相撲の本場所の1日を探ってみました。

今日も読んでくれてありがとうございました。

次に読む記事はこちら⇒相撲の力士はたくさん給与をもらっている?

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